• 2007.04.26 Thursday
子供が意外と親のことを見抜いてるように、
部下は上司のことを見抜いてる。

それは人間性だったり、能力だったり、
どれだけ自分のことを見てくれてるかだったり。

能力が欠けてる上司って言ったらすごく失礼だけど、
そういう上司を、実はそれほど悪く思ってない。

それよりも、人間的についていけなかったり、
自分のことを軽く見るような上司からは、完全に心が離れてく。

人として信用できるかどうか。
自分を必要としてくれてるかどうか。


デキる上司は、部下を本当に信頼してくれてるか、
信頼してるよう完璧に見せかけてる。

デキない上司は、部下を信頼してないうえに、
信頼してるよう見せかけもしない。
もしくは信頼してるっていう見せかけを部下に見破られる。

デキる上司か、デキない上司かで、
モチベーションは雲泥の差。


上司と部下。

使う側と使われる側。


今、使われる側として教師も反面教師も見てる。

それが、すごく勉強になってる。

  • 2007.04.12 Thursday


子供のころは、
パトカーや救急車、消防車を見かけたら、
指差して喜ぶことが子供らしくてかわいいものとされる。

大人になって、
パトカーや救急車、消防車を見かけたときに指差して喜んだら、
不謹慎で常識のない人と思われる。
子供っぽいとさえ思われない。


群がる野次馬。

写メを撮ってブログにアップする僕。


不謹慎とは思いつつ、
指差してたころから何かを身につけ、何かをそぎ落とした結果が、
これなのだったのかなと、あとから思った。

  • 2007.03.27 Tuesday
昨日の続き)


僕が小学生のころだったか、中学生のころだったか、
体育館に集まって「薬物の危険性」についてのビデオを見たことがある。
警察の人が来ての講演みたいな中で、スクリーンに映してた。

そこに登場してたのは、シンナーを吸ってイカれた若者たち。
シンナーはいけません的なマジメな内容だったんだけど、
僕らはそれをクスクス笑って見てた。ありえない、と。
袋に液体入れてスーハーしてるのは、コントみたいだった。

でも僕より前の世代では、現実にそういう若者がたくさんいた。
それが一時期社会問題になってたから、そういうのが流された。

僕らはシンナーが身体に悪いもんだと知ってたから、
シンナーなんて吸うわけないし、吸いたくもないと思ってた。
なんでシンナーを吸いたいのか分からないっていう。

シンナーは吸うもんじゃない、それが常識になってた。


比較対象が極端かもしれないけど、
タバコもそれに近いものになってく可能性はある。

タバコを吸わないことが常識っていう、
マナーとかいう領域を超えて、
なんで吸いたいのか分からないような状態。


僕はタバコを吸ったことがないし、吸いたいと思ったこともない。
別に優等生発言じゃなく、タバコを吸う意味が分からなかった。

ウチにはタバコを吸う家族がいなかったし、
悪いことができない小心者でもあったからか、
タバコを吸うって考えたことない。

タバコが身体に悪いもんだと知ってたから、
タバコなんて吸うわけないし、吸いたくもないと思ってた。
なんでタバコを吸いたいのか分からないっていう。

実家は駄菓子屋で、そこに並んでる自動販売機の中には、
タバコの自動販売機もあって、買おうと思えばいくらでも買えた。

でも、僕には吸う理由がなかった。


そんな社会、それかもっと吸う理由のなくなってる社会が、
これから普通になってくのかもしれない。

  • 2007.03.26 Monday
未成年アイドルが喫煙で解雇だとか、話題になってる「喫煙」。

今回はそれと関係なくて、
ちょっと前のニュースだけど、こんな調査結果が紹介されてたのを紹介。
ZAKZAKや地方紙などの記事をまとめてみた。

 『喫煙・飲酒意識調査』
  ※2006年2月、文部科学省が小中高校生を対象に実施
  ※全国の小中高計約750校、
   6万7435人(小学校は高学年のみ)から回答を得た。
  ※カッコにある“前回調査”は2000年。

 「吸いたいと思ったことがある」
 小6男子: 8%(前回調査15%)
 中3男子:13%(前回調査28%)
 高3男子:26%(前回調査44%)

 「将来吸わないと思う」
 中3男子:73%(前回調査57%)
 高3男子:67%(前回調査53%)。

 「喫煙は大いに有害」
 小6女子、中3女子、高3女子:94%(前回調査86〜92%)

タバコについての教育が進んできたのか、
喫煙者の肩身の狭い感じがそのまま出てるのか分かんないけど、
いいことだと思うし、ごくごく当たり前のことだとも思う。

健康に良くないことが立証されてるわけで、
そりゃまあ吸う本人の健康がどうなろうと勝手なんだろうけど、
副流煙が良くないことは、僕が小学生のころにも言われてた。
そういう知識を誰もが持つようになった証かもしれない。

副流煙の話を持ち出して禁煙を叫ぶのは好きじゃないけど、
それが口実になってでもいいから、
世の中がこのまま禁煙に傾けば、店や会議が快適になってありがたい。

タバコの煙は焚き火の煙みたいで煙たいし、
服に煙のニオイがつくし、
目の前で歩きタバコされたら煙がかかってきてうっとうしいしで、
吸わない人にとってはいいことがない。

別に吸ってる人を非難したいわけじゃなくて、
一緒に飲んだり話してて「タバコ吸うな」って言いたいわけでもなく、
社会がそうなってくといいなーと思う。

海外を見てると、自然とそうなってくのかなーとも思う。


(明日へ続く)

  • 2007.02.26 Monday
郵便局へ行って、ある記入用紙をもらったら、
こんな記入欄があった。



よく見かける記入欄なんだけど、
こういうタイプと出会うといつも、なんでこうするかなって思う。
もっと書く人のことを考えようよって。

理由は「年」部分の記入欄の小ささ。

2文字程度しか入らないから、
どう書き込めばいいのか分からなくなる。


そもそも日本ってめんどくさい国で、
「平成○○年」と「(西暦)○○○○年」でまず迷う。
ネットなら西暦で指定されることが多いし、
選択式で記入できることもあるけど、
手書きのとき、特に正式文書では指定されないことが多い気がする。

そんなとき僕は、だいたい西暦で書いてる。
元号で書くべきなのかもしれないけど、
平成何年なのか思い出せなかったりするから、西暦で記入してる。
で、記入例が元号のときだけ、平成何年か思い出して記入してる。

ただ、何の指定もなければどっちでもいいんだろうから、
元号か西暦かっていうのはあまり問題にしてない。
それよりも何よりも、どっちにしたって問題になる、
記入欄の小ささをどうにかしてほしいと思う。

書くと枠からはみ出すか、似合わない大きさになる。
特に今回の場合は、枠からはみ出すこともできない。




電話番号の市内局番の欄が小さいもうっとうしいけど、
地域によって桁数がまちまちだから、まだ許せる。

でも「年」の記入欄は全国共通だろ、と。


そんなことを思いながら、用紙に記入。
で、結局・・・



こう書いて、文句を言えるわけでもなく提出するはず。
文句を言う勇気がないから、こうやって独り言みたいに書いてるわけだし。


ちょっとの気配りで変えられるはずの記入欄。

細かいことかもしれないけど、
こういうとこで、その組織や企業の質を感じる。

  • 2007.02.25 Sunday
キャベツ千切り用の幅広スライサーを買って、
シャッシャッシャッシャッとキャベツを動かしてたら、
楽しくなって切りすぎてしまった僕です。

切れ味がいいから、楽しくなってやりすぎた。
ふわっとした千切りがうれしくて、調子に乗ってこんもりと。

食べてみると、ふわっとした見た目の通り、
よく言うところの「トンカツ屋のキャベツ」みたいだった。


そういえば、キャベツの千切りでいうところの
「トンカツ屋のキャベツ」みたいな“おいしい例え”って、
他には何かあるんだろか。

・定食屋のみそ汁
・お肉屋さんのコロッケ
・そば屋のカツ丼
・漁港のマグロ丼
・飯盒炊爨のカレー
・おばあちゃんのお漬け物

こういう言葉って「本物感」を出してくれる。
潜在的にあるイメージが、
おいしいんじゃないかっていう期待感を抱かせてくれる。
たぶんそんなだから、そのまま商品名にもなれる。

ただ、この中でオールマイティーな単語もある。
それは「定食屋」と「おばあちゃん」。

・定食屋のみそ汁
・定食屋のコロッケ
・定食屋のカツ丼
・定食屋のマグロ丼
・定食屋のカレー
・定食屋のお漬け物

・おばあちゃんのみそ汁
・おばあちゃんのコロッケ
・おばあちゃんのカツ丼
・おばあちゃんのマグロ丼
・おばあちゃんのカレー
・おばあちゃんのお漬け物

どれもどこか「懐かしい」感じがするからか、
「食べてみたい」って気にさせられる。

味には、客観的に見て美味しいかどうかっていう基準と、
主観的なものとして、馴染みがあるかどうかっていう基準がある。
一流料理人が作った料理も、実家の母親が作った料理も、
どっちも美味しいって思えることが多い。

「懐かしい味=美味しい」っていう図式。
実際、母親の料理がホントに美味しかったりするんだけど、
それに上乗せされたものが、懐かしい味にはある。

そういった期待感を抱かせてくれるのが、
「おばあちゃんの」や「定食屋の」っていう言葉。
定食屋へあまり行ったことがなくても、
核家族で家におばあちゃんがいなくても、言葉として強い。

食のネーミングとして、最高に強い単語だと思う。

大量に作った千切りキャベツなら…

「定食屋の千切りキャベツ」でも、
「おばあちゃんの千切りキャベツ」でも、なんかいい感じがするように。

  • 2007.02.22 Thursday
花粉飛びまくりで、クシャミ連発。
こんなにも過ごしづらい季節はない。

日本各地で大量に植えられた杉と、
花粉をバイキンだと勘違いして過剰反応してる体のせいで、
たまにクシャミが止まんなくなる。

酷いのは屋内で、
外へ出たときに小爆発が起こり、
家に帰ってきたとき、大爆発する。


始まったばかりの花粉シーズン。

やばい、こんなメンタリティじゃ、2ヶ月ももたない。


どうにかポジティブに考えられないか。
この花粉シーズンを、有効活用できる方法はないか。

悩んだ結果、

「せっかくこんなにもクシャミが出るんなら、
 この何度も出るクシャミを利用して、
 カッコいいクシャミの仕方を習得できるんじゃないか」

そう考えた僕は、5つの方法を考えた。

カッコいいクシャミの仕方とは…


・「ハクション!」ではなく「春っしょ!」と言って、
 うららかな春を演出してあげる。

・「ハクション!」ではなく「あるじゃん!」と言って、
 行方不明だった彼女の指輪を見つけてあげる。

・「ハクション!」ではなく「松潤!」と言う。

・夕陽に向かって「ハクション!」と叫ぶ。

・晴れた空にクシャミを飛ばし、その飛沫で虹を架ける。


そんなことを考えて、いろいろシミュレーションしてみた結果、
外でのクシャミはなるべくガマンしたい。

  • 2007.02.20 Tuesday
抗議には、正当な抗議と不当な抗議とがあって、
今の世の中は正当か不当かに関係なく、
かなりの抗議が通るようになってきてる。

保護者は学校に抗議し、
視聴者はテレビに抗議する。

結果、先生は自由に授業をできなくなり、
テレビ制作者は自由に番組を作れなくなった。

で、最悪なことに、
保護者は「学校の質が悪くなった」と言い、
視聴者は「テレビがつまらなくなった」と言う。

当たり前だろ、と。


もちろん、学校やテレビ局の不手際もある。
実際、たくさんの不祥事が起こってるわけで、
それがキッカケで信頼をなくしちゃってるのも事実。

ただ、何もかも“文句を言った側が正しい”ことになってたら、
親からことあるごとに「ダメ!」って殴られる子供みたいに、
もう何もすることができなくなる。
怒られるのはイヤだから、大人しくしとくのが一番だと思うようになる。

それが現状。それが現実。

まあ子供じゃないんだから、
不当なクレームがきたとしても、
学校やテレビ局が屈しないことも大切だと思うけど。


一部の人しか望んでないことが、
一般的な意見のようにふるまい、いろんなものに規制をかける。

そんな世の中を、多くの人は望んでない、はず。

  • 2007.02.15 Thursday
昨日の続き)


バレンタイン、特に義理チョコでのビジネスチャンス、
長く書いてたらすっかりバレンタインデーをまたいじゃったけども、
この話は今日でなんとか終わらせようかと。

「チョコレート⇒甘い⇒恋愛」のイメージは、
平賀源内が始めたって言われてる
「土用の丑の日」のうなぎと同じで、潜在意識とマッチした仕組み。

ちなみに「土用の丑の日」は、
「丑の日に“う”の字がつくものを食べると夏バテしない」
っていう言い伝えからできたもの。
うなぎの売れ行きが落ちる夏場(うなぎの旬は秋)に、
鰻屋の店先に「本日丑の日」っていう張り紙を貼ったら、
うなぎがバカ売れするようになったっていう。

説明が長くなったけど、「土用の丑の日」がこんなにも浸透したのは、
「うなぎ=スタミナがつく=夏に最適」で結びついたから。

誰もが持ってるイメージが、ビジネスに結びついた。


今月発売の日経トレンディで、成功したトクホビジネスが紹介されてた。

“データによる効果感だけでは限界がある。
 ユーザーが共感できる「体感」こそが決め手”

そんな言葉と一緒に、具体例があった。

「烏龍茶⇒脂っこい食事のときサッパリする」
 →“脂肪の吸収を抑える”『黒烏龍茶』がヒット
「野菜ジュース⇒本物の野菜の方がいい」
 →“どろどろ感”を出した野菜ジュースのヒット
「チョコを食べる⇒ほっとする」
 →“ストレス解消”を全面に打ち出した『GABA』がヒット

ただ効くとか、ただ美味しいだけよりも、
消費者の潜在的なイメージと結びつけることで、
トクホは効果感が高まる。

「バレンタインデー」も「土用の丑の日」もトクホと関係ないけど、
誰もが持ってるイメージとうまく結びついたとき、
ビジネスは成功しやすくなるんだと思う。

素人の浅い意見だけど。


そんなわけで、突然だけどまとめ。

バレンタインでチョコを超えるアイテムはない。


この「甘くて濃密」なチョコの牙城を崩すには、
「とろける」とか「あたたかい」とかいうイメージじゃ勝てない。
健康をうたった食べ物を出したとこで、
非日常のバレンタインで気にする人は少なく、あんま意味はない。

それならチョコ嫌いの人でも食べられるチョコを開発した方がいい。

これじゃ新しいビジネスにはなんないけれど、
クッキーでもプリンでもシュークリームでもチョコは超えられない。
どれもチョコより何項目か劣る部分がある。

ただ、義理チョコだから、
チョコが好きか嫌いかを聞いてから買うわけじゃない。
チョコ好きな人もチョコ嫌いな人も、
どっちもが美味しく食べられる必要がある。

チョコのいい個性も悪い個性も似た部分の味なんだろうから、
矛盾を抱えながらの開発になると思う。
とはいえ、これが開発できれば義理はチョコで磐石。

義理チョコの習慣が残ってればっていう条件つきだけど、
他のお菓子に圧倒的な差をつけることになる。


3日間かけて頭を悩ませた“義理チョコビジネス”。
やっぱチョコは最強っていう結論に至った、残念なひとり会議だった。

ちなみに僕が思う一番手はクッキー。

クッキーでさえ、チョコレートとの間には、
たぶんクリリンと孫悟空並みの差がある。

  • 2007.02.14 Wednesday
昨日の続き)


チョコレートでもなんでも、男は喜ぶ。
ホントにうれしいから喜んでるんだけど、
ただそれがチョコレートだから喜んでるってわけじゃない。

それに男は、義理でも喜ぶ人が多い。
たしかどっかの調査で、
女の7割が義理チョコ廃止に賛成だったのに対して、
義理チョコ廃止に賛成した男は5割だった。
調査によってバラつきはあると思うけど、
女よりも男の方が義理チョコを楽しんでるらしい。

女の子にとっては完全に仕事のひとつでも、
男、特にオッチャンにとっては、
どんなに義理だろうが、一瞬仕事から離れた場面で、
女の子とコミュニケーションをとれるのがうれしいのかもしれない。
「義理チョコは職場の潤滑油」って意見も多い。

チョコでもなんでも、そのやりとりがうれしかったりする。
「父の日」や「母の日」みたいなもんで。


で、バレンタインビジネス。

チョコレートの代わりになるものとして、
何か他のものを浸透させることはできないかっていう。

ただ、どうしてこんなにもチョコが浸透したか考えてみると、
チョコに代わるビジネスが、そう簡単なもんじゃないことに気付く。

チョコのメリットを挙げてみると・・・

・非日常感、特別感を出せる
・保存がきくからいつでも食べられる
・安くても高級感がある
・甘いことが、恋愛のイメージに結びつく
・チョコのやわらかなイメージが、優しさなどを連想させる
・種類があるから個性を出せる
・ハートなどかわいい形にしたとき絵になる
・濃密でしっとりしてるから、気持ちがこもってるように見える
・とらえ方によっては、どことなくエロい

などなど。
考えれば考えるほど、チョコレートは最強ツールに思えてくる。

で、特に「チョコレート=甘い=恋愛」のイメージは、
チョコがこんなにも浸透し、今も続いてる大きな理由だと思う。

そこに、ビジネスチャンスは潜んでる…はず。


(明日へ続く)


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